02日 8月 2018
 禅語に前後際断という教えがあります。前(未来)と後(過去)を断ち切って今に徹するということですが、過去に起こった事や未来に起こるであろうことは全て想像の世界であり、事実は今この瞬間だけという意味です。この教えの受け取り方を間違えますと、今さえ良ければよい、過去の反省や未来の計画を立てる必要はないということになりますが、そうではありません。この身は両親や先祖から受け継いだ有り難い存在であり、思いや考えに関係なく、この身を生かそうとしています。 この身を私のものと勘違いしている思いを自我意識と呼びますが、この身で自分の思い通りにできるのは、手足や口、目、舌、肛門の動きぐらいです。内臓全般の動きは制御出来ませんし、老化を止めることも不可能です。自由に出来ることが少ないこの身を、思いで支配できると勘違いしているのが、自我意識です。 以前に、入水自殺未遂をした人の話を聞いたのですが、人間関係や仕事に疲れて、あれだけ死にたいと思っていたのに、飛び込んだ瞬間にその思いは完全に消えて、只々必死にもがいていた。という話です。 只もがくという行為は、思い、考えを超えた非思量の行為です。この身が無我なる存在である証です。この身を殺したいと思ったら、殺したいという思いを殺してください。身体はこの身を生かそうと必死なのです。
11日 6月 2018
 我慢という言葉は一般的にはこらえるとか、耐え忍ぶという良い意味に解釈されていますが、仏教では自分の考えや信念に固執するという意味で、それを戒めるように説いています。我慢を戒めるために同事という教えがあります。同事とは本来、自分という実体は存在せず、全てが一つであるという、悟りの境地を示していますが、私達凡人に説いているのは、相手の立場に立ち、相手の心と自分の心を同じくしていくことです。  同事行をするにあたり、我慢(自分の考えに固執している)があると、相手の気持ちに立つことはできません。自分の考えに固執していると相手との違いや批判ばかりが見えてきてしまうからです。同事行をするには、自分の考えや信念から離れて、相手の立場に立って相手を理解しようとすることです。それでも私達は相手の気持ちを完全に理解することは不可能であり、わかったつもりにしかなれないということです。わかったつもりにしかなれないからこそ、相手を理解しようと心掛けて、相手の立場に立つ努力が必要です。私が自分のことを大切だと思っているということは、他の人々も同じように自分のことを大切だと思っているはずです。お互いが大切な命を生きていると気付けば、いじめや犯罪などは起こりようがないのです。自他同事の心で精進しましょう。
15日 3月 2018
以前に参拝者から、なぜ人は生きるのか?という質問を受けました。なぜ生きるのかという問いは、哲学や道徳の思想から言えば、幸せになるためと答えるのではないでしょうか。では幸せとは何かと考えると、一般的には、財産があって、やりがいのある仕事をして、円満な家庭を築いて健康に過ごすことが幸せの定義のように思われていますが、これらの思想はあくまで考えや思いの世界であって、実物ではありません。思いや考えは捕まえることができないその時その時の状態にすぎないのです。  悩みや怒りはすべて自分の心が作り出しています。その心は一瞬一瞬変わり続けます。例えば今、怒りを感じてもその怒りは一定ではなく、いつかは消え去ります。また、怒りがあるとわかるのは、怒りがない状態があったからこそ、認識することができるのです。   ですから、なぜ生きるかを思想で解決しようとしても、絶対に完全な答えは得られません。考えや思い、感情は前述したように一瞬一瞬変わり続けるからです。思想と事実の違いをはっきりさせることが本当の安心につながります。それを体現するのが坐禅です。
23日 12月 2017
坐禅用心記に、(不思量底を思量せよ。不思量いかんが思量せん、非思量これすなわち坐禅の要術なり)と記されております。...
23日 9月 2017
 9/24の4度目の坐禅会では、初参加のカナダ人の御夫婦を含め9人の参加者があり、20分の坐禅を2柱修行しました。今回の提唱では般若心経の一節「受想行識」についてお話ししました。...
19日 6月 2017
坐禅は形や作法は大切ですが、最も大切なのは坐禅中の心の持ち方だと思います。私たちの日常の生活では、食事をしながらテレビを見る、話をする、明日のことを考えるなど、今おこっている出来事や今の状態に心が向いていません。日常忙しく活動していますと、自己の心をしっかりと見つめる事が中々できません。...
25日 5月 2017
西琳寺住職の殿城です。2017年、西琳寺は曹洞宗の禅寺となって400年を迎えました。これを機にホームページを立ち上げ、この御宿の秘境の小さな寺から禅の精神を世界に発信してまいります。どうぞお気軽にお立ち寄りください。