自我意識と無我

 

 

 

前回の坐禅会で、自我意識とは、この身体を私のものと思い込んでいる意識のことで、喜怒哀楽の原因である。それに対しお釈迦様は、この身体は私のものではなく、宇宙的存在であると気付かれました。これを無我と呼びますが、一般的にはこの身体が私のものではないと言われれば納得できないと思います。 

 しかし、もしこの身体が私のものであるならば、身体を全て自分の思い通りに出来るはずです。ですが、この身体で思い通りに出来る範囲は、手足の動き、体の伸び縮み、口や舌の動き、目の動き、排泄など身体の限られた部分のみです。心臓や肝臓などの臓器は私の思いに関わらず動いてくれています。24時間働きすぎなので休ませてあげようというわけにはいきません。生まれてきた事実にしても、私の思いによって生まれたわけではなく、成長すること、老化すること、病気になること、死を迎えることなど、人生の一大事については、一切自分の思い通りにはなりません。このように考察すると、この身体は私のものと言えないことに気付くと思います。この身体はご先祖から受け継いだ存在であり、大自然から一時お預かりした存在であると気付けば、お預かりしたものは,いずれお返ししなければなりません。自分のものだから大切にするということではなく、お預かりした存在だから大切に扱わざるをえないと思います。