禅とは何か

 

 

現存する最古の経典「スッタ・ニパータ」の中でも特に最古層とされる第5章の中に、

「眼を下に向けて、うろつき廻ることなく、瞑想に専念して、大いにめざめておれ。心を平静にして、精神の安定を保ち、思いわずらいと欲のねがいと悔恨とを断ち切れ。」(972)

という釈尊の教えがある。その経典成立時期から、釈尊直説(釈尊自身の言葉)とされる。このように、釈尊が生きた時代の仏教教団の修行方法としては、遊行と托鉢のほかには瞑想しかなかった。釈尊自身、苦行を捨て、菩提樹の下での7日間の瞑想の末に悟りを開いたとされており、ここに禅の源流があることは間違いないであろう。

 

インドに始まる釈尊の教えは、入滅後100年ころの小乗仏教内部での根本分裂を経て、塔婆信仰と語り部達により大乗仏教として大衆化し、またバラモン教に先祖返りして密教として神秘化し、さらに土着思想のヒンズー教へ吸収されることでインドではほぼ消滅したが、その過程で釈尊は神格化され、その教えは脚色されて大乗経典となり、中央アジアに伝播していった。そうしたインドの経典作者の手になる「文字」としての仏教が、三蔵法師によって中央アジアから東アジアへ、そして飛鳥時代の日本へと伝えられた。これが禅宗以外の「経典仏教」の伝来ルートである。経典では様々な創作が加えられ、各経由地の土着思想と混合して、釈尊直説とかけ離れているどころか、釈尊直説では禁じられていた呪文や占術まで含まれている。

 

このような創作仏教の伝播とは別に、さらに後世になって、経典によらない「不立文字」としての釈尊直説、つまり釈尊が生きた経典のない時代の純粋な仏教が、達磨によって南インドから中国へ、そして道元によって鎌倉時代の日本へと伝えられた。これが禅宗の伝来ルートである。達磨も道元も、一巻の経典も携えずにその身一つで禅を伝えたのであり(教外別伝)、仏教の大衆化・神秘化に抗して人間ブッダへの回帰を唱えた仏教原理主義者であるといっても過言ではないであろう。

 

禅の特色は、不立文字・教外別伝・以心伝心といいながらも、古来、中国で多くの指南書(語録)や問答集(公案集)が編纂されたことである。禅問答といえば、一般的には訳の分からないやりとりの代名詞とされるが、只管打坐を専らとする曹洞禅ではあまり用いないものの、公案を併用する臨済禅では、「参禅」という師匠と弟子が1対1で対峙する場で、「仏性(本当の自分)」に気付かせ、悟りに導くために行われる真剣勝負の問答である。

 

その一つのパターンは、弟子から「如何是〇〇」(いかなるか、これ〇〇)と問われ、師匠が何の変哲もない日常のものを揚げる、というパターンがある。例えば、

 

弟「如何なるか、是れ仏?」(仏とは何でしょうか?)

師「麻三斤(まさんぎん)。」(三斤の重さの、あさである。)

 

弟「如何なるか是れ道?」(仏道とは何でしょうか?)

師「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)。」(普段どおりの心である。)

  

師「如何なるか、是れ祖師西来意(そしせいらいい)?」(達磨大師が西のインドから中国に来た意味は何でしょうか?)

師「庭前柏樹子(ていぜんはくじゅし)。」(庭に生えているカシの木である。)

 

など。

いずれの師匠の答えも禅語として有名であるが、これらのもの自体に特別な意味があるわけではない。答えは何でもいいのである。要するに、仏性(本当の自分)とは、特別なものでも隠されているものでもなく、生きとし生けるものや日常の事物一切の前に、すべて包み隠さず現われている、ということである(一切衆生悉有仏性)。

 

別のパターンに、師匠が「〇〇はどこへ行った?」などと問い、それを自分とは別物として答えた弟子にお仕置きをして仏性(本当の自分)に気付かせようとする、というものもある。問題となっているのは常に己事究明(本当の自分とは何か)ということであり、自分自身に置き換えて考える必要がある。例えば、

 

師「(飛んで行った鳥を見て)あれは何だ?」

弟「野鴨です。」

師「その鴨はどこへ行った?」

弟「向こうへ飛んでいきました。」

師「ここにいるじゃないか!(と言って弟子の鼻をひねり上げる)」

弟(痛さのあまり、ハッと気づく)

 

という有名なやりとりがあるが、分別をもって自分と野鴨が別物であることを前提に「向こうへ飛んで行った」と答えた弟子に対し、いずれも仏性の現れである点で自分も野鴨も区別自体がなく、見たまま、感じたままの意識現象しかないことを、痛覚をもって悟らせようとしたわけである。

我が身はもとより、他人も動物も、麻もカシの木も、山川草木すべてが仏性の現れであり、もとより区別はない(梵我一如、自他不二、主客同事)という世界把握、すなわち仏教でいう「無分別智」に至ることが悟りであり、その境地に導くために公案があるのである。

  

自分(主体)と自分以外(客体)が別個に存在し、主体が客体を認識しているという世間の常識(分別智)からは到底理解できない話である。しかし、自分と自分以外の区別はなく、そこには見たまま、感じたままの意識現象があるだけで、その意味では我が身を含む全世界が等しく本当の自分(仏性)であるという無分別の境地に立てば、公案の禅問答は容易に理解できる。すなわち、意識現象とは別に外界がある(私が外界を認識している)という世界把握ではなく、意識現象しか存在しない(唯識)という世界把握によれば、自分と自分以外の区別自体がないのであるから、すべてが自分であると言ってもよいし(山を見れば自分が山になり、花を見れば自分が花になる、の境地)、逆に自分はいないと言ってもよいのであるこれを無我という。無我とは、我が無いという意味ではなく、我と我以外との境界が無いという意味なのである。

 

そうすると、次の有名な公案のやりとりは、どのように解釈できるか?

弟「如何なるか是れ奇特の事?」(素晴らしいこととは何でしょうか?)

師「独坐大雄峰(どくざだいおうほう)。」(この山で一人で坐禅していることである。)

弟(師匠に対し礼拝する)

師(弟子に対し鞭ち打つ)

 

師匠の答えを受けて礼拝した弟子を鞭打ったということは、師匠の答えは弟子を試すためのカマかけであり、真意ではないと解すべきであろう。すなわち、そもそも仏性の観点からすれば奇特な事と奇特でない事の区別自体がないのであり、あたかも孤高の坐禅修行が素晴らしいことであるかのような師匠の答えに納得した様子の弟子を見て、いまだ分別智の世界にいて悟りには程遠いことを叱咤したということであろう。

 

これも有名な、中国禅宗六祖慧能(えのう)にまつわる公案である。

 

(ある禅寺の前で、風に揺れる旗を見て、二人の僧が言い争っている)

「あれは風が動いているのだ!」

「何をいうか、あれは旗が動いているのだ!」

(そこへ通りかかった六祖いわく)

「風でも旗でもない、あなたがたの心が揺れ動いているのだ」

 

公案では「風でも旗でも心でもない。六祖の真意は何か?」という問いになっている。禅においては意識現象しか存在しない以上、「見えたまま、感じたまま」以外に真実はない。あたかもその背後に真実が隠れているかのごとく、それは風だ、旗だ、心だなどと頭で考えた「分析」や「判断」を加えている時点で、既に迷っているということである。
その意味では、いわゆる地動説と天動説も同じである。禅における真実は「見えたまま、感じたまま」しかないから、東から上ったお日様が西に沈むというだけのことである。大地が動いているのを地上で見た人はいないであろう。禅の世界では、地動説など虚妄の論ということになる。かといって天動説が正しいというわけでもない。思考をもって「○○説」と分析・判断した時点で既に真実とはかけ離れているからである。理論化した時点で既に間違いであり、禅には「真実」はあっても「真理」はないのである。西から上ったお日様が東に沈んだとしても、そう見えたのなら、それでいいのだ。へんかいかつてかくさず、すべて真実は現前している。

 

なお、如来蔵(仏性)思想と並ぶ大乗仏教の中心思想である唯識思想は5世紀ころ成立したとされており、6世紀に達磨によってもたらされた中国禅や公案禅も次第に大乗仏教の影響を受けたと考えられるが、その根本思想は同じでも、教学理論体系の構築により真理を説明する唯識思想とは異なり、禅は実践による真実の一挙了解(頓悟)を目指す点で、アプローチの方向性が正反対である。さらに、道元によって日本にもたらされた曹洞禅は、公案という文字さえ原則として用いない黙照禅であり、初期仏教すなわち釈尊直説に最も忠実な仏教であるといえるであろう。 

 

(まとめ)

禅とは、以下の3点を核心とする生活実践であり、公案を解くには不可欠の視点である。

1 己事究明(本当の自分とは何か)以外の問題はない

2 意識現象(見えたまま、感じたまま)以外に真実はない(真実は現前している)

3 思考(分析・判断)を加えた時点で既に間違っている